サハリンロシア語学研修短期留学本当にたのしかった。自分は変われた。みんなありがとう

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無事に2017年9月15日に日本に帰って来ることが出来ました。

 

自分は変われた。

 

好きな子にふられて、自分変わりたくて、同じ留学の景色を見てみたくて、ここに来て。

本当に世界がクリアで。悩み事とかいろいろなこととか心が真っ黒だったそうゆうものが全て無くなって、次にすることはロシア語と英語の勉強だということがよーく分かったので。

 

好きな子が留学で見ていた景色はこんなもんなのかなー。と行ってみて思い、とても楽しいもので、同じ気持ちを味わえたことは本当に良かった。

 




同じ相部屋の井上君によく言ったいたけれども、「自分は経験論が好きで、白紙の状態に色を塗っていくのが好き」と言って。

今真っ白い自分の心のキャンバスにサハリン色に染まって帰ってきた感じで。

 

もう日本に着いちゃったから過去だけれども、このメンバーでこの留学を出来たことが本当に良かった。

成田空港で、思ったことは「仲間」なんだなー。

ロシア語で集い合った仲間。

こんな短い2週間で友情が生まれて、もっと長く続いてくれればいいなと思っても2週間でみんな離れ離れになってしまうのはとても悲しい。

 

ここサハリンに来て、この出会いは永遠なことだ。そう思い、この仲はきっとこれから先も変わらないだろう。

ロシア語やる人は癖のある人しかやらないから。だからこんな面白い人たちしか集まらなかったし。

 

ここメンバーで良かった、みんなに出会えて良かった。心から思います。

 

自分が思うロシアについて。

サハリンは日本統治下時代の樺太だったから、ここをロシアと言うととてもとても難しい問題なので、サハリンなのですが。日露戦争で北緯50度までが日本になったので、ここの土地はそれ以前はロシア人とアイヌと他のそこの住んでいた民族のがここに住んでいて。北方領土は日露通好条約の時から昔から日本の領土で、私も北方4島は日本の領土で、とはっきり言えるけれども、樺太は少し違う問題だから。

行ってみて、稚内の街の感覚で思っていたら、かなりの大都市で正直驚いている。

 

もう、ここの生活があり、ここのユジノサハリンスク来る前は日本の気持ちしか分からなかったけれども、ここの来てユジノサハリンスクの人々の気持ちが分かった。双方の気持ちが分かることが大切。

 

ここの人たちは本当に親日で、びっくりしたのが、小学校の何年生の分からないけれども、フランス語と日本語と韓国語と中国語を選択するようになり、小学校5年生から日本語の漢字が書ける様になることが驚きで。

領土問題が無ければ、台湾の様な隣国で本当に日本のことを考えてくれる親日の国なんだなーって行って思いました。

 

教育もすごく、共産思考の名残なのか、教育は平等にさせるのかなー?なんても思いました。

多分、どこの学校もこんな風になっていると思う。

校長室にはプーチン大統領の肖像があったし、上のは学校の入り口にあったものですが。

色々と勉強させられたし。

 

サハリンは反日感情なんて全くないし、本当に日本のことが大好きな人々という印象です。

 

FB(フェイスブック)に書いたのでしたらこんな感じで。

今回行って思ったこと、考えさせられたことは、愛国心と人種差別をしない国。
本当にすばらしいと思います。
国民は人として豊かさがあり、歩いていて”японец(日本人?)”と車の乗っている方から声を掛けられて、車越しを写真を撮らせてもらったり。皆とても心が温かいです。
私は共産思考はなったくないですが、日本は西側の文化圏なので、アメリカや西側の報道しか入ってこないので、ソ連圏の文化圏は謎すぎて、分からないのですが、行ってみて、人と生き方みたいのものを人間らしい生き方と言うか、毎日に愛がある様な生き方をしていたと思いました。
でも、やっぱり日本人なので、しょうゆがこいしくて、海外は意外と長くはいられないなー。なんて。無性にらーめんと焼きそばが毎日食べたいなー。なんて考えていました。
サハリンは毎日夜、車や暴走族みたいなのがうるさいので、日本の夜見たく静かな夜が良いなーと。日本の良さも分かりました。
ほんと、愛国心の固まりの所で、国の為に死ねる。というような感じでした。
とてもよかった。
ただ、共産思考が国民に残っているのか、国民性なのか、子どもで10ルーブルくれとかタバコくれとかあるので、そこらへん貧しさもあるのか、それとも、そんな文化なのか?
そこであげたら、違う日本人も狙われるから犯罪者と言うか悪い心を育てちゃうような気がしてあげていないけれども、そうゆう一面もあるから、豊かさとは何かなーとかもいも思いますね。
宮沢賢治の銀河鉄道の夜の白鳥の停車場とプリオシン海岸の舞台となったところが日本統治下時代の樺太だから、行けたらいいなと思ってはいたのですが、行けなかったけれども、100年の時を超えての同じ星空、夜空を見れたことはユジノサハリンスクに行ってよかったと。帰ってきて思いました。
本当のさいわいが銀河鉄道の夜で出てきたように、さいわいとかと考えながら過ごしていたのですが、ロシア語が難しすぎて行ってそうそう忘れてしまいました。でも、いい同じロシア語で集いあった仲間、友と過ごせて本当に楽しかったです。行ってよかったし、それがさいわいなのかななんても思いました。そんな2週間を僕たちは風のように走り抜けた(たしか銀河鉄道の夜はこんな表現でしたよね、120万年の時を僕たちは風のように走り抜けたんだ)んだ。
そんな感じで早かったです。

 

愛国心は本当にすごいです。街中にロシア国旗がたくさん上がっているし、自国を素直に好きと言える心が素敵。

日本は日本を陥れるチームに日本人の疑わない心で、それとあたかも正しいと思うように感じになっていて、日本を好きと言うと「おかしい」とつっこみされる世の中だから。

私は日本人として日本が好きだし、在日アジア人や在日西洋人の人でも日本を好きで普通に日本が好きと言えるそんな世の中になってもらいたいけれども、いつからこんな風になってしまったのか。

 

本当に国を好きと言えるのは大事です。

みんな心が美しすぎて、国家とは何か。

国の国旗を燃やすようなことはないし、国の誕生日を国民で祝い。

日本はそうゆうの無いから。

 

 




サハリンがロシア人、朝鮮人、ウクライナ人、タタール人、ベラルーシ人、それといくらか少数の様々な国と民族が暮らしていて、全く差別が無く、本当に世界が美しく、サハリンの小学校に行った時や街中を歩いている時に、とても美しく、アメリカや日本を見ていると、私の心はなんて汚れているんだろうと思ってしまう。

みんな同じ人ではないか。

 

韓国が反日感情教育をするように、親日罪を国家の法律にするように。

国家がそうしていなければ本当の理想的なこんな美しいサハリンの様なここは州だけど、表現できないから、州だけど、美しい国家。

 

国家とは何かと考えさせられます。

 

国家教育がしっかりしていると国もしっかりするんだなーと思いました。

 

街中を歩いていたら、車から声を掛けてくれたロシア人。

“японец”

男の日本人をイーポニッツと言うのですが、声を掛けられて。

私は、”да”と言って。

軽い談笑をして。

“Можно фото?”と、写真を撮らせてください。

と言って車乗っている姿を撮らせてもらって。

走っている車の方から声を掛けられるなんて。ヨーロッパっぽいですよね。

いつもと違った変な道を歩いていて、日本人があまり歩かない様な道を歩いていたところ声を掛けてもらって。

本当に良い体験ができた。

その車を見送って交差点の所で右に曲がる時に私は手を振って、車はクラクションを鳴らして別れを告げて。

こんな日常を送っていました。

 

ほんと、国民の心が豊かすぎて、日本人は忘れかけていたものをいっぱい見せてくれて。

日本人の誰かが「ここは昭和なんだろう」といい。

私はここを「ソ連はこんな感じだったのだろう」と考えたり。

国民がみんな何か温かさを持っています。

 

共産思考が国民に残っているのか、国民性なのか、子どもで10ルーブルくれとかタバコくれとかあるので、そこらへん貧しさもあるのか、それとも、そんな文化なのか?

と書きましたが、友達がタバコをあげたのを「それはよくない」と言ったのですが、昔の自分ならあげていたと思うけれども、フィリピン行った時に怒られて、「それは日本人が何でもくれるもんだと勘違いしちゃうからやめたほうが良い」と言われて。

浅はかで、まだ25才24才と若かったのもあるし。

ロシアはそんなに貧しい国じゃないから、文化的なものだと思うけれども、友達はとてもいい人で、友達のその行為は正義だと思うし、私もそのあげる行為は悪いことではない。

友達にあの時言ってしまったことは少し反省しなくてはいけないかもしれない。

倫理みたいなもので、その一方が正義で、またその一方が正義みたいなところがあるから。

 

子どもの10ルーブルはきっと、何か買いたい時に10ルーブル足りなくて、お店の前で10ルーブルくれと言って、私は居合わせただけだから、お世話になった先輩は慈愛の精神であげていた。

私の場合はどうしていたか。10ルーブルきっとあげていたと思うし。色々むずかしいですよね。

友達も正義だし、私も正義だから。どちらも正しいから。

 




 

サハリンに来て、私が撮って好きな写真。

ロシアの民族衣装を着た方たち。

写真を撮らせてもらって。本当に良く撮れた。好きな写真。

勇気を出して、ロシア軍に声を掛けて写真撮らせてもらって。

これも良くて。写真を撮る過程も覚えていて。

私が撮った後に、頑張って私が声掛けたのに、違う子が、「私も」って、入られて、少しいらっとしたのも覚えていて。「おれが声掛けたのに、なんだか、写真を盗まれた様な」

でもよく撮れた。

 

自分の好きな写真。

色といい、光といい、空気感と表情が好きで。温度が残った様な写真です。

 

本当にみんなありがとう。

とても楽しかったわ。

 

それと忘れないように。

今回JIC旅行センターに94,860円払って。

持って行ったお金は159,000円で。

 

残ったお金が35,000円で。

かなりお金を使ってきて。

食費は最初以外は結構ケチっていたけれども、お酒代とデータディスク代に消えた気がする。Столовая(食堂)も意外と高かったから、すぐお金なくなっちゃうし。

先生から10枚ディスク貰ったけど、自分で20枚買ったから。

なんでサハリン来てまで仕事しなくちゃいけないんだよ。って嘆いていたけれども。

モスクワの先生に何度も何度も「そのデータくれるのか?いつくれる、今日か明日か明後日か、USBでくれるのか?」って、めんどくさかったからDVD-Rであげたのだけれども、びっくりしたのが、ところによってはDVD-RではなくてCD-Rのパソコンを見かけて、それと、ドライブが付いていないという話も聞いたからUSBメモリでなのかもしれない。
ただ、今回もあったけれども、DVD-Rが焼くのに10分で焼けるのが、友達から渡されたUSBが40分とそれもUSBによって書き込みのスピードが違うから。

最初はfacebook辺りでタグ付けすればいいかなって思ったけれども、なんかだ最後は学校に一枚ずつ上げればいいかって。

最後の宿題はdisc焼くので宿題できない。って感じだったし。

1、2時間仮眠を取って2時までデータの整理して、確認してから焼き始めて、4時から6時ぐらいまで焼いて寝て。焼きながら寝ては起きてなんてしていて。

でもパソコンを持ってきたからできたことであって、パソコンを持ってきて正解だった。

CD-Rを5枚買って、案内をしてくれたロシア人にアニメの音楽CDをあげたらめちゃくちゃ喜んでいたし。

この写真データもみんな喜んでいたから、結構辛かったけれども(みんな最後で酒飲んでわいわいしている中、なんでおれはデータ作らなくちゃ。ってとほほな感じ)、それもみんなが喜んでくれれば、まあいいか。

 

それもいい思い出だ。

 

お金だったら。

成田で10,000円は4,100ルーブルにしかならなくて、2.4のレートで。

この時の正規のFXの1.89円と楽天証券で見たから。

今見てみたら、ルーブルの相場。

少し値上がって。

 

それで、成田で「たけー」と思って。

こっちで、向こうの払うルーブルのお金と使う10,000円をルーブルに換えて。

 

それで、お金が直ぐに無くなって、サハリンで円を換えたら10,000円が5,110ルーブル5,120ルーブルで。

今計算したら、1.95円でレートが良くて。

サハリン大学に支払うのが22600ルーブルで(その時は)。

計算したら、11,000円を成田のFXでやられた。と思って。すげー凹んだ。4,000円5,000円ぐらいなら分かるけれども、こんなに取られるとまじでぼったくりもひどいところだわ。

サハリンだったら5,000ルーブルは自分の所に来るから。

そう考えると、自分の海外の知識があまり活かされていなくて。

ドルとユーロ以外はレートが悪いから、成田では必要最低限の現地通貨の両替と思った。

 

 

大丈夫だったら向こうで円を交換した方がいい。

心配なら、私は前にウラジオストクとハバロフスク行った時に、免税店ではドルかユーロで買う。とか、過重料金はたしはドルやユーロで払うとかだったと思ったので、成田で50ドル、100ユーロを換えてきて、20,000円で換えられたけれども、サハリンで40ドルと50ユーロはルーブルに換えたから。回数を分けて。円なら25,000円をルーブルに換えた。

 

本当に、ドルって世界通貨なんだなーって思った。

 

何処の国でも両替できるから。サハリンは免税店がユーロ使えなかったから。ドルかルーブルだから。ドルは強いなーって思った。もっとドルに換えてくるべきだった。

 

帰る時にルーブルを両替する人もいるけれども、ルーブルを円に両替するよりかはFXみたいな感じで、後で価値が上がればいいし。と思って、惜しみなく両替した。

 

そんな感じの金銭感覚。

結構使ってしまったと。円の無さ具合にちょっとショック。

 

自分、ジャパンネット銀行のVISAデビットでなんとかなると思っていて、いざ、サハリンでお金を下そうと思ったら、海外キャッシュカードが使えなくて、まじで焦って、4,100ルーブルが2,000ルーブル大学にまた払ったので、2,2600ルーブルが24,960ルーブルが2,360ルーブルサハリン来て無くなって。

それでお金が無くて、VISA使えないから、楽天銀行のJCBが使えるところがあってそこでも引き出せなくて。

まじで困って、土日だったから。月曜に先生が10,000円両替してくれて。

パスポートが学校に提出したままで4日ぐらいしてから戻ってきて。

でも、両替にパスポートが必要なかったから。

フランスではマスターでお金下せたけれども、それは郵便局のカードで。

マスターの方はお金が入っていなかったから下せなかったので。

ちゃんとした海外用のVISAでのカードとか作った方がいい。

 

スーツケースの重量は行きは23.0kg、帰りは27.6kgになってしまったんだけれども、なんかお金取られなかった。

みんなの合計なのか、ローカル空港だからなのか分からないけれども過重料金取られなくて良かった。

 

 

このプログラムの知り方もみんなに聞いて。

私以外はみんな大学のロシア語の授業で聞いたとか、モスクワ大学の先生から教えてもらったとかで。

私は前にAB-ROADのJICのシベリア鉄道旅行を予約してウラジオストクハバロフスクに行ったことがあり。それがとてもとても良かったので、そのJICで留学を考えていて、その留学の案内を請求したら、このサハリンのプログラムがあったので、と言う感じで。

 

最初はどうなることだかと思ったけれども、とても楽しかった。

 

べっくん、ありがとう。参考までに。

このサハリン行ってる間にブログとかネットでいくら稼いだか見てみたら5,000円ぐらい稼いでいて。

今回思ったことが、サハリン行って、ロシア語に専念するから、お金を稼ぐ手段が無くて、前にブログを書いていたから、そのお陰で、15日間何もしていなくても5,000円稼げていたことはとてもいい。

これが30,000円ぐらい毎月稼げたら、モスクワ大学に行っても食費と遊興費に使えそうだし。

ちょっとそうゆうシステムを今のうちにブログで稼げるようにしないと。とも思った。

主に広告と物販ですが、何もしていなくても5,000円入ってくるのはfacebookとかsnsと違ってブログの良さです。

 

意外と語学をやる人はブログでの収入もいいかもしれないと今回思いました。

 

 

行っていて、寂しかったことは、「林さん一緒に写真撮りましょう」って言われなかったのがとても悲しい。

 

私が撮るのもあるけれども、誰からも言われなくて。ケータイで撮るのも結構うれしいもんだから。

同じ相部屋の子とロシア人の子の二人からしか「写真撮りましょう」としか言われていないから。

一緒に写真撮りましょう。って言ってくれてもいいのに。

寂しかったなー。

けど、二人から言われてとてもとてもうれしかった。

 

時差ボケもひどい。

2時間早くて。前は1時間だったけれども、2016年3月27日より2時間の時差にサハリンが変わって。

朝4時に目覚め、夕方4時にはお腹がすくという。

今もそんな感じ。

 

 

最後に、日本来て日本語を忘れて。

成田で「はい」を”да”と言ってしまったり。

言語って忘れるんだなーって思うし、順応性ってすごいと思うのと。

井上君が「言語は国家、国を作る」みたいなことを言っていて。

それを思い出して。

日本人なのが、胃袋や味覚が日本の味を欲していて。

言語だけではなく、味覚だったり、環境で国家と表せるんだなーと感じたのも今回来てよかった。

 

毎日パンは別に良いけれども、塩とマヨネーズとうま味だけじゃ私は生きて行けない。

しゅうゆが欲しい。と言う気持ちになった。

それとお箸を使わないとなんか調子狂う、味覚もそうだけれども、お箸を使わないと、なんか生活のリズムが狂う。

 

 

今回、かけがえのない一生の友達をこの2週間で作ることが出来て。

やはり英語ではない、選ばれた人しか取らないロシア語だから面白かったっていうのもある。

 

本当に楽しい楽しい15日間でした。

 

一生の友達が出来ました。

部屋の相方の井上君が部屋の相方で良かったとか思い出したらもう山ほどあって。

知らない人同士、狭い大学寮にぶち込んで、毎日ロシア語をして毎日お酒を飲むとこんな風になるのかと、ほんと面白かった。

 

行って良かった。

 

それに自分は変われた。

 

好きな子が見たであろう、そんな留学の景色を私も見れた。

 

そして、好きな子のことも忘れた。

 

今は自分はロシア語と英語ともっとブログを頑張らなきゃと言う気持ちとお金稼いで次のロシア語留学、英語留学を考えないとな。って。

 

行って、ロシア語が耳から聞いて覚えられるものだというのが分かったので。

実際に実践すると体が覚え方を覚えて、日本でもその方法でロシア語を覚えたい。

聞く→曖昧に記憶する→実際に発音して使ってみる→覚える
ってのが私の言って思ったこと。

単語を聞いても発音だけで意味が分からなくて、それを後で調べてみたら覚える。

単語を置き換える方法も好きで、花はцветокで「ようつべとーく」で覚えて、10はдесятьで「じゅうしち17」と覚えたり。イメージからの連想でも覚えられるから、それを考えながら勉強したい。

 

学ぶことが多かった。

 

もっと、もーっと頑張らないと。

 

行ってきた感想です。

 

もし、サハリン関係の人見ていたら、本当にありがとう。楽しかったよ。

 

また会おう。

飲もう。

 

日本でも、ロシアでも、世界でも、会うに行くから。必ず会おうね。

 

みんなは語学枠で来たと思うけれども、私は旅人枠でロシア語学留学に今回来たからさ。

旅人だから会いに行くよ。

 

ではではその時まで。

気を付けてね。

take care.

see you soon.

Пока.

До свидания. Встретимся снова.

 

 

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2 thoughts on “サハリンロシア語学研修短期留学本当にたのしかった。自分は変われた。みんなありがとう

  1. 林さんは写真に写ってる時より写真撮ってる時の方がイキイキと輝いていたので、「一緒に写真撮りましょう!」の声が出ませんでした。
    なんかすいません

    1. 熊猫さま
      コメントありがとうございます。
      写真を撮っている時は楽しいのですが、私、人の写真に写るのも好きで、感じ的には卒業式に第二ボタンを誰からも欲しいと言われなかったような感じです。
      でも、撮っている姿がイキイキと輝いていたと言ってくださって、自分ではそうゆうのは全く分からないので、それも違った見方で大変うれしいです。ありがとう。
      いえいえ、逆に気を遣わせてしまってすいません。
      次は一緒に。

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